古民家に魅せられて
兵庫県の農家に生まれ,小さいときから農的な生活に恵まれていた。それが一変したのは私が6歳のときに遭遇した出来事。父親(おやじ)が職場の事故でこの世を去り,本家の長男の嫁であった母が私たちを連れて実家に帰ったことから始まる。しかし,日常生活から農業はなくなったが,幸いなことに農的な生活環境で幼少時代を過ごすことができ,寝食を忘れて山川で遊び惚けた。それから38年の月日が流れ,いま私は二児の父親として農的な生活の価値を子どもに伝える仕事に力を注いでいる。
ご存知のとおり,日本文化は稲作に代表されるアジアモンスーン帯の農的生活をベースに成立している。四季に恵まれ,十分な水と温暖な気候から新大陸農業とは異なり,雑草との戦いをさけて通れない。そして,そのような風土から農作物その他の生活物資を高温多湿の夏をいかに乗り切るかが,衣服や住居の形態にも色濃く現れている。そのように考えると,現代の暮らし方(生活様式)がいかに風土を無視しているかに気づかされる。私が大学でたまたま教育者として携わる機会が与えられたのが10年前。その時は自分が生活環境教育に取り組もうとは思ってもみなかった。
そのきっかけになったのが,5年前に出会った学生達と始めた里山研究であった。里山研究というと農学部のようなイメージがあるかもしれないが,私が目指したのは里山を生活空間と位置づけ,日本の衣生活文化である藍や綿という染織素材と生活を結びつきを強調した環境教育の創造であった。環境問題の根っこが巨大な消費者に成り済ましたことが一番の問題であるという認識からである。その研究に最もハマったのが実は学生ではなくて自分自身であった。それが,古民家再生という現代では大変高価な営みに手をだすはめになってしまったのだ。
写真は蕎麦屋の囲炉裏風景ではない。我が家のリビング(?)の風景である。レトロ居酒屋の囲炉裏とは違い,現役で火をが絶やされない空間である。今更何を時代錯誤なことをやっているのか?という批判も多いことも事実。しかし,伝統文化の継承が時代の要請であるならば,上辺ばかりの伝統文化教育には多いに疑問がある。本腰を入れてこの課題に取り組むためには,本物を子ども達の生活空間にしなければならない。そんなことを真剣に考えている夫婦の物語を,このブログで伝えていければと考えている。
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